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第6話 引っ越しと自己破産


 僕はネットの賃貸物件サイトで、家賃5万円くらいの鉄筋コンクリートの部屋を探した。足立区に一件あった。今思えば“家賃5万円くらい”と言う発想はどこから出てきたのだろうと思う。だって、その時、僕は働いていなかったのだ。クレジットカードで生活していたのだ。ちなみに“Amazonマスターカード”の次は“エポスカード”に申し込んでいた。Amazonマスターカードは使っている内に利用限度額が150万円まで増枠されていた。エポスカードもそれに追従したのか分からないが、利用限度額が150万円だった。これだけの利用限度額があれば引っ越しは楽勝だった。今の時代、不動産屋の初期費用もクレジットカードで払えるのだ。
 僕は足立区に見つけた物件を申し込んだ。結果、“タッチの差で他の人に借りられた”と不動産屋に言われた。僕はその不動産屋さんに 「東京都内で家賃5万円で鉄筋コンクリートの物件を探してください」とお願いした。「お客さん。そんな物件ありませんよ」不動産屋の回答に「だったら足立区の物件はエサだったのか?」と嚙みついた。20分ほど待った。「お客さん!信じられないんですけど、家賃5万円で鉄筋コンクリートの部屋有りました」不動産屋さんも驚いた顔をしていた。ただ僕の顔は曇った。住所が、前に住んでいたビジネスホテルと同じ区だったのである。“同じ区に戻るのか”なんか嫌だな僕はそう思った。でも仕方がない。こんなお得な物件は他に無いとも不動産屋さんは言っていた。僕は即決した。「内覧なんかしなくてイイので、この部屋を借ります」内覧もせずに、僕はその場で新しい部屋を契約した。

 新しく借りた部屋は、すごく辺鄙な場所にあった。駅から徒歩15分のマンションってどうよ?ため息がでた。でも仕方がない。夢にまで見た“鉄筋コンクリートの物件”だ。“もう隣の住民に壁を殴られることも無い”僕の心は期待にあふれていた。
 夜は、新居で祝杯をあげた。と言っても、ビジネスホテルでも松戸でも毎日酒を飲んでいた。酒を飲むのは、僕にとって当たり前のことだった。新居の近くで酒とお祝いの“つまみ”をたくさん買ってきて、ちょっと贅沢に飲んだ。“うるせーんだよ!!”また怒鳴り声がして壁を殴られた。ベランダにまた瓶の様な物が投げつけられ“バリーン!”と音が響いた。“なんでだ!?”“なんでなんだ!?”“鉄筋コンクリートのハズなのに!?”僕は気が狂った様に酒を飲んだ。“なんでだ!?”“なんでなんだ!?”“鉄筋コンクリートのハズなのに!?”何度も何度も心の中で叫んだ。次の日も酒を飲んだ。“うるせーんだよ!!”壁を殴られる。それから逃げる様に朝も昼も夜も酒を飲んだ。たったの一週間で、新居は酒の缶や瓶であふれかえっていた。でも、もう酒から逃げることは出来ない。酒が切れると“手が震え”そして“咳”と“淡”が出た。淡を吐き出すと口からネバーっとした粘着性の液体が出た。もう耐えられない。酒を飲むことに耐えられないのでは無い。“酒を飲まなくては”この“咳”と“淡”から逃れられない。酒を飲むまでは気持ち悪い“咳”と“淡”が続くのだ。でも酒を飲むと楽になる。気持ち悪い“咳”と“淡”から逃れるために酒を飲むのだ。この時は、この気持ち悪い“咳”と“淡”が飲酒が原因であることに気が付く余裕は無かった。ただ。ただ。酒を飲めば落ち着く。“酒しか俺を救ってくれるものは無い”と思っていた。

 新居に引っ越して一ヶ月くらいの時、突然片方のクレジットカードが使えなく成った。毎月の支払いを怠っていたのだ。酒を飲むことに夢中になり、クレジットカードの口座引き落としの日を忘れていた。今までは、少しずつ“ショッピング枠の現金化”で、口座引き落としの日を回避してきていた。でも酒浸りの脳は、そんな命綱まで忘れるほどに腐り果てていた。もう片方のクレジットカードは使えたので、酒を買ってのんだ。“なんとかなる”そう思った。翌日、僕は使える方のクレジットカードの残りの限度額をすべて現金化した。一ヶ月は暮らせる。家賃も払える。でも、何故気付かなかったのだろう“このお金を使い切ったら終わりだ”そんな単純なことにも気付くことが出来なかった。本当に脳が侵されていた。今日酒を飲みたい。それしか考えられなくなっていた。

 僕は“法テラス上野”に電話を掛けていた。クレジットカードはもう使えない。“弁護士に相談するしか無い”そう思ったからだ。“法テラス”とはお金が無い人に“弁護士費用の立て替え”をしてくれる国の機関だ。
 法テラスは、一週間くらいで、僕に弁護士を付けてくれた。弁護士から「働いてないんでしょ?自己破産しかありませんね」と言われた。当然と言えば当然だ。ただ、その後に続いた言葉に僕は息をのんだ。「管財人を付けなければなりません。管財人の報酬20万円を払えないなら、生活保護を受けてください」えっ?なんだって?“生活保護??”自己破産するには“自己破産するには管財人を付ける必要があり、その管財人の報酬が払えないのであれば生活保護を受ける”なんか変な話だ。“生活保護”とは生活に困っている人の為のものであり、“自己破産”をしたい人の為に用意された措置では無い。僕はそう思って「そんな理由で生活保護が受けられるハズは無いでしょ?」と弁護士に反論したが。「これは普通のことです」と言い返された。

 “生活保護?そりゃ無理だ”僕の頭の中はその言葉でいっぱいだった。その言葉がぐるぐると回っていた。だってそうだろう。ほんの数か月まえに生活保護を辞退した区役所に“また生活保護をください”と言いに行かなくてはならないのだ。“入院”“ホームレスの施設”そんな言葉も頭の中を回った。そうなのだ“入院”“ホームレスの施設”それから逃れる為に生活保護を辞退したのだった。
 “神様は意地悪なのか?”そんなことも思った。寄りにも寄って、また同じ区で生活保護。でも僕には区役所に行くしか選択肢が無かった。区役所の生活福祉課に行ってすべてを話した。結果はあっさりとしたものだった。「わかりました数日中に担当ケースワーカーがご自宅を訪問します」とのことだった。弁護士が言っていたことは本当だった“自己破産するために生活保護を受ける”これは当たり前のことだったのだ。
 言われた通り、数日後に担当のケースワーカーが家に来た。ケースワーカーとその上司の二人組だった。どちらも女性だった。彼女たちは、ゴミだらけ、酒の缶、酒の瓶が散乱している僕の部屋を玄関の外から眺めて「わかりました」と言って帰ってしまった。そりゃそうだろう。女性だもの、靴を脱いでゴミ屋敷に入ろうとはしないだろう。僕もそう思った。
 後日、僕は区役所に呼び出された。生活保護の審査の結果を連絡するので来庁して欲しいとのことだった。区役所の生活福祉課に行くと、小部屋に通され、「あなたに生活保護を与えることと成りました。ただ条件があります」と言われた。少し怖かった。「なんですか?」僕の問いに「私たちの指示に従うと言う覚書にサインしてください」と言って1枚の紙を出してきた。僕の頭の中に“入院”“ホームレスの施設”と言うフレーズが回った。この書類にサインした瞬間に“入院”と“ホームレスの施設行き”が確定するのだ。でも仕方が無かった。この書類にサインしないと自己破産が出来ない。借金取りに追い回される生活とどっちがイイ?心の中で囁いた。僕はその書類にサインをした。次の瞬間、ケースワーカーの上司が「タクシー呼んで!」とケースワーカーに指示した。「どこかに行くんですか?」僕は問うた。「あなたも行くのよ!」「え?」どこに?どこに行くの?え?このまま入院?え?なに?なんなの?誰もどこに行くのか教えてくれなかった。しばらくして「タクシー来ました」と別の人の声がした。僕は、ケースワーカーとその上司に引きずられる様に連れていかれ、タクシーに押し込まれた。「××まで」ケースワーカーが運転手に行き先を告げた。ただ僕には聞き取れなかった。知らない言葉をいきなり他人に発せられたら聞き取れない。だって知らない言葉なのだから。目的地にタクシーが着いた。僕にはどこだか分からなかった。タクシーを降りた場所のすぐ前の建物のドアが開けられ、僕は知らない建物に引きずり込まれた。そこでもまた小部屋が僕を待っていた。「担当の青島です」誰だ?誰?知らないオジサンが僕に“青島”と名乗った。30分以上にもわたる長尺な聴き取り調査が行われた。僕は青島さんに聞かれるままに答えた。そもそもここはどこなんだ?そして、僕の椅子の後ろにパイプ椅子を並べてケースワーカーとその上司が座っているけど、僕は監視されているのか?何の聴き取り調査なのか全くわからないままその聞き取り調査は終わった。「次は先生の診察です。隣の部屋にどうぞ」青島さんに部屋を移動する様に促され、3人セットで部屋を移動した。隣の部屋には見た感じおじいちゃんの白衣を着た人(後からドクターだと知った)と、さっきの青島さんが並んで座っていた。白衣のおじいちゃんが僕に「あなたはアルコール依存症です」と告げた。隣の青島さんが「あなたはアルコール依存症の治療の為に、明日からこのクリニックに毎日通ってもらいます。いいですね?宜しければここにサインをしてください」と言って書面を提示した。僕は“ラッキー!”と思った。“入院じゃない”通院だ。ラッキーパターンだと思っているのだから行動は早かった。僕はすぐに書類にサインした。「では私達は帰ります」そう言うとケースワーカーとその上司が離席した。

 青島さんは親切だった。なんだかよくわからずに呆然としている僕に“クリニックの名前”や“交通手段”、“明日からのスケジュール”などを教えてくれた。タクシーで来たから分からなかったが、僕の家から15分くらいの近場だった。クリニックの名前は“Sクリニック”だった。
 ただここで“神様のいたずら”が発生した。今思えば、本気で“神様のいたずら”だった。僕は青島さんから処方箋を渡され、“隣の薬局で薬を貰って戻って来る様に”と言われた。どうも薬局で渡される薬をクリニックで預かるらしい。僕は何も考えずに薬局に行った。当然、薬を持ってクリニックに戻る気だった。“神様のいたずら”薬局はすごく混んでいた。椅子に座って待っていると青島さんが来た「まだ薬でないの?」そう聞かれ「まだみたいです」と答えた。10分後、また青島さんが来た。なぜか私服に着替えていた。「もうクリニック終わったから、貰った薬は、明日渡して」そう言って青島さんは帰ってしまった。確かに先ほど聞いたスケジュールではクリニックは18時30分までだった。薬局の時計は18時45分だった。僕は放置された。これが“神様のいたずら”なのである。神様が僕に“反逆する隙”を与えてくれたのだ。一人で待っていると、窓口で僕の名前が呼ばれた。薬剤師さんが薬の説明をしてくれた。薬の名前は“シアナマイド”。“抗酒剤”と言われる種類の薬品らしい。そしてその効能に気が動転するほどパニくった。どうもその薬を飲んで“飲酒”すると“嘔吐”“息切れ”“めまい”などの副作用がでる。そして大量に飲酒した場合は“最悪、死に至る”と説明された。“うそだろ!?”そんな薬、飲みたくない。嫌だ!と言うか“今すぐ酒が飲みたい”そうである。午後から区役所に行った僕は、もう6時間くらい飲酒していない。“酒が飲みたい”そう思った。薬局から出た僕は、2軒先のコンビニで酒を買った。そして、今さっき貰ったばかりの“シアナマイド”をコンビニのゴミ箱に捨てた。



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