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最終話 やっぱり僕はアルコール依存症


 お酒を止めて一年が過ぎた。僕はSクリニックの青島さんに「もう一年経ちましたよ。そろそろ就職してもいいでしょ?」と聞いていた。青島さんの答えは「あと2、3年」とのことだった。

 贅沢な悩みがそこにはあった。お酒を飲んでいた頃は生活保護に甘んじていた。でもお酒を飲まなくなって健康になると“彼女”が欲しくなっていた。訪問看護の看護婦さんが可愛かったのもその要因だ。ただ“生活保護では告白しても無理だ”と言うジレンマがそこにはあった。当たり前である。生活保護受給者が“彼女”を欲しがったって、いざ付き合うとしてもゴールが無い。生活保護の奴から告白されたって女性の側が引いてしまう。当然、自分は働かずに彼女に食わして貰うなんて考えもNGだ。
 確かに“贅沢な悩み”なのである。健康になったのは“クリニックのおかげ”なのである。であれば、そのクリニックが“あと2、3年通わなくてはならない”と言えば、それに従うべきである。ただ!“僕は健康!”なのだ!健康な人間が“彼女が欲しい”と思って何が悪い?なぜ働いてはいけない?そう思った。

 僕は働きたいと言っているのに許可してくれないクリニックは悪だ!デイ・ナイトケアだか何だか知らないが、2年も3年も健康な人間を縛り付けて“社会不適合者”を作るつもりか!?クリニックへの不満が爆発した。
 気が付くと、僕はネットの求人サイトで“入社祝い金”と言うキーワードを検索していた。たくさんの企業がリストアップされていた。ただ、だいたいの会社の入社祝い金は2~3万円だった。でもずば抜けて高い入社祝い金をくれる業種があった。“タクシー”である。タクシー会社の求人内容は、みんな良かった。“入社祝い金30万円”とか“入社から3ヶ月間は月給30万円保証”など、“30万円”と言うワードが飛び交っていた。今思うと罠なのは当たり前である。普通に勤務して月給30万円貰える業種であれば、求人広告に“30万円”どうたらとか書く必要が無いのだ。

 僕はタクシー会社に応募していた。生活保護であることは隠して応募した。ただ入社には“保証人”が必要とのことだった。僕は友人に連絡をとり保証人になって貰った。本当に“罠”だったのである。タクシーを運転するには二種免許と言うプロの運転免許が必要で、それを取得するには50万円掛かる。タクシー会社はそれを払ってくれる代わりに、二年間辞められない契約をする。二年以内に辞めた場合は保証人に50万円請求すると言う契約である。

 タクシー会社への入社が決まり、僕は“入社祝い金”を貰う前日に区役所に“生活保護辞退”の届け出を出し、生活保護を辞退した。同日にSクリニックに行き“もう区役所の指示に従う必要は無い”旨を青島さんに通達し、タクシー会社に入社するのでデイ・ナイトケアには出れない旨を連絡した。青島さんはあっけにとられた顔をして、何も言わなかった。その時“僕の勝ちだ”と思った。でもあの時、“青島さんは何も言わなかった”と思っていたのは僕の勘違いである。青島さんは「抗酒剤自分で飲めるか?」と僕を心配していた。勝ち誇った気に成っていた僕にはその言葉は聞こえなかった。もちろんその日から“抗酒剤”は飲まなかった。“抗酒剤なんか無くても大丈夫だ”そう思った。

 “入社祝い金”をゲットした僕は、次の日から自動車学校に入学し、20日ほどでタクシー運転手としてデビューした。
 結果は、散々だった。タクシーの初乗り運賃が410円であることくらい知っておくべきだった。駅のタクシー乗り場で客待ちをして1時間に1人のお客さんをゲットしたとしよう。ワンメーターで降りられたら410円にしかならない。しかも、運転手に支払われる給料は完全歩合で、売り上げの四十数パーセントだ。時給200円にもならないのだ。

 タクシー会社に入社して最初の月の僕の給料は5万円だった。生活保護費の半分にも満たない。僕は会社に相談した。これでは家賃も払えない。タクシー会社は、僕に月給30万円貰っている優秀な先輩を紹介してくれた。僕はその先輩から、月給30万円稼ぐコツを伝授してもらった。“赤坂辺りを流せ”先輩の教えだった。赤坂には月給100万円とかのビジネスマンが多数いる。その人たちの給料を時給に換算すると時給5000円とかになる。つまり、そのビジネスマンたちが“ちんたらちんたら”電車やバスで移動していたら、会社は時給の払い損になる。だからその様な会社は“タクシーを使え”と従業員に指示している。その代わり、“そう言うお客さんはみんな急いでいるから精神的につらいぞ!”とも、先輩は教えてくれた。
 次の日から僕は、先輩に教えてもらった通り赤坂辺りを流した。すぐに手が上がった。そう言えば先輩が“ゾンビ”とか言っていたな!?そう思った。バンバン手が上がるのだ!“これは月給30万円行けるぞ!”そう思った。数日、そのゾンビと闘いながら稼いだ。そんなある日「広尾の駅まで」と言うお客さんを乗せた。広尾駅は知っていた。僕は一番近い駅の入り口に向かった。お客さんは携帯電話で誰かと電話していた。すると、突然、運転席のシートを後ろから蹴られた。「人が電話してると思って、適当な道走ってんじゃねーよ!!」怒鳴り声が聞こえた。僕は堂々と「この道で合ってます」と言うと、ヘッドレストをグーで殴られた。僕は広尾の駅の入り口の前で車を止め「着きました」と言った。「電車に乗る為にタクシー乗る奴が居るとでも思ってんのか!?コラ降りろ!」そう言われて、僕は車から降りた。お客さんは路上で僕に殴りかかって来た。護身術もなにも分からない僕はボコボコに殴られた。料金も払って貰えなかった。去り際にお客が言った「広尾の駅前って言うのはこっちの出入り口じゃねー!」その時、初めて気付いた。お客は“広尾の駅前に用事があった”のだと。確かに“知ったかぶり”して、何も無い方の出入り口を勝手に選んだのは僕だった。

 “怖くなった”ただ無性に怖くなったのだ!冷静に考えれば、タクシーと言うのはお客と一対一の客商売だ。僕は怖くなった。その日の夜、一年数ヶ月ぶりに酒を飲んだ。“怖かった”ただそれだけだ。逃げたい。この“怖いの”から逃げたい。一心不乱に酒を飲んだ。“怖さ”から逃げる為に、泥酔するまで、途中で酒が足りないことに気付き、2度もコンビニで酒を買い足しした。泥酔したかった。
 次の日の朝、僕は会社に行かなかった。朝からコンビニで酒を買ってきて飲んだ。電話が鳴った会社からだった。僕は出なかった。僕は昼夜を問わず酒を飲んでいた。2日後、家のピンポンが鳴った。僕は出なかった。一週間が過ぎた。いきなり家の鍵が“カチャン”と開いた。僕はドアの方を見た。会社の課長と大家さんそして警察官が立っていた。

 「何やってるんだ!会社に行くぞ!」課長は僕を家から引きずり出した。警察官が「会社の人に心配かけちゃだめだよ!」と言っていた。大家さんが「中で死んでいると思ってカギ開けました」とも言っていた。

 課長に会社に連れていかれる途中、隙を見て僕は逃げ出した。“会社に従わない”とかそんな理由では無い。手の震えが治まらないのだ。酒を飲みたくて仕方がない“酒が飲みたい” “酒が飲みたい” “酒が飲みたい”酒を買いにコンビニに走った。発泡酒を買い、コンビニの前で飲んだ。涙が出てきた。なんで泣いているのか分からなかった。“入社祝い金30万円”につられて先走った自分を責めているのか?ただ単に寂しいのか?泣いている理由は分からなかった。涙が止まらなかった。

「青島さんに電話をしなさい。そして、“抗酒剤飲むから助けてください”と言いなさい」神様の声がした。

-終-



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